☆簿記とMOSで働きながら、二人目を望んで不妊治療に向き合った日々☆

 

こんにちは。あひるぴーひゃらです。

今回は、簿記3級とMOSで安定したパートに就けていた頃から、不妊治療へ進んだ話です。

 

簿記3級とMOSの資格を取ったことで、 私はようやく安定した事務のパートに就くことができました。

子育てと仕事の両立は大変でしたが、 「資格を取ってよかった」と思える日々が続いていました。

 

##気づけば、高齢出産といわれる年齢を過ぎていた

そんな生活を続けているうちに、 気づけば私は“高齢出産”と呼ばれる年齢を過ぎていました。

「二人目がほしい」と思いながらも、 日々の忙しさに追われて、 いつの間にか時間だけが過ぎていたのです。

思い切って産婦人科へ行ってみると、 医師からはこう言われました。

「自然妊娠はかなり難しい状態です」

その言葉は胸に重く響きました。

それでも私は、 「一度の人生、後悔したくない」 「子どもに兄弟をつくってあげたい」 という気持ちが強くありました。

そこで、不妊治療を始める決意をしました。

 

##不妊治療のハードルはどんどん上がって・・

治療は想像以上に大変でした。

  • 投薬

  • 卵管造影検査

  • 排卵誘発の注射

  • 人工授精

治療のステップが上がるたびに、 心も体も、そしてお金も削られていきました。

子どもを連れて病院へ通うのもつらく、 仕事との両立も難しくなり、 私はいったん仕事を辞めることにしました。

治療を続けながら、 私はいつも「次こそは」と期待していました。

でも結果は出ず、 まるで 当たらない宝くじを買い続けているような気持ち でした。

(心理学でいう“コンコルド効果”のように、 ここまで費やした時間とお金を無駄にしたくなくて、 やめる決断ができなかったのだと思います。)

 

##やっと妊娠できたのに、突然の心音停止

そんな中、ようやく妊娠することができました。

順調に育っていると思っていたのに、 ある日、突然の心音停止。

頭が真っ白になり、 気づけば一年間、治療に多くの費用を使っていました。

私はここで、 二人目はあきらめて働こう と決意しました。

 

##しかしリーマンショックで仕事が見つからず…

働こうと決めたものの、 時期はちょうどリーマンショックの真っ只中。

応募しても落ち続け、 なかなか仕事が見つかりませんでした。

ようやく受かったのは、 飲食系の事務兼在庫係の仕事でした。

しかし、ここからまた新しい試練が始まることになります。

 

続く。